『縄紋時代史<上> 縄紋人の祖先たち』
安斎 正人
旧石器時代から縄紋時代にいたる、初の日本列島全体の通史!「気候変動と縄紋文化の変化」「自然と人間の相互依存関係」など、新しい視点でとらえなおした縄紋時代史の決定版!
◉第1巻(旧石器時代〜縄紋時代草創期)
[第一章] 縄紋時代史の方法
発展段階史観
構造変動史観
[第二章] 縄紋人の祖先たち
旧石器時代の構造変動
列島内での集団移動と混交
朝鮮半島からの再度の移住集団
瀬戸内集団の拡散
北方集団の南下
[第三章] 日本列島の原景観
景観考古学
山辺の景観
川辺の景観
遠い山・黒い石
[第四章] 定住生活への移行
更新世から完新世へ
土器出現期
隆起線紋土器期
<歴史のなかの縄紋時代をどうみるか>
現在、核戦争と並んで、あるいはそれ以上に、地球温暖化が私たちの文明を脅かしている。現代に限らず人類の進化史は、急激な地球の温暖化や寒冷化の気候変動が引き金となった、生態系の変化との闘いの歴史であった。
「日本歴史、私の最新講義」の一冊として、『縄文人の生活世界』を上梓してから、そこを基盤に『縄紋時代史』を書きたいとの思いが募った。文字をもつ以前の旧石器時代、縄紋時代、弥生時代、古墳時代の歴史書を書くことが考古学の最終目標であるが、名だたる考古学者の誰一人としてこの目標に到達した研究者はいない。
水田稲作農耕がはじまった弥生時代が日本史の黎明期という歴史観が時代遅れとなっている現在、日本歴史のなかで縄紋時代をどのように捉えるのか、その歴史観から本書は書き出している。
四万年前ごろの寒冷化現象(ハインリッヒ4・イベント)が契機となって、現生人類(ホモ・サピエンス)の集団が朝鮮半島から九州に南下してきた。ここに私たちの歴史がはじまる。彼らとその後裔(こうえい)たちは列島の各地に拡散し、地域生態系、特に黒曜石や頁岩(けつがん)などの石材環境に応じた石器製作技術を生みだしながら、地域特有の石器群を残していった。
三万年前ごろに鹿児島県錦江湾にあった姶良(あいら)カルデラが大爆発を起こし、南九州一帯がシラス台地に覆われることとなった。火山灰は東北地方中部にまで降下し、各地の集団は大きな被害をこうむった。時期を同じくして、寒冷化現象(ハインリッヒ3・イベント)が契機となって、朝鮮半島から再度、集団が南下してきて九州一円に拡散した。この動きに同調して、瀬戸内周辺の集団も東西に移動して、南東北以南の各地の集団に影響を及ぼした。
それから五〇〇年ほどして起こった寒冷化現象(ハインリッヒ2・イベント)も各地の集団に影響を及ぼしたが、もっとも注目されるのがシベリア方面から北海道への北方民の移住で、彼らは本州以南とは異なる生活世界(「北方系細石刃(さいせきじん)石器群」)を一〇〇〇年間にわたり構築した。そして一万六五〇〇年前の最後の寒冷化現象(ハインリッヒ1・イベント)を契機に、彼らの一部の集団が南下して東日本一帯に拡散した。
こうして形成された各地方の縄紋人の祖先たちは、更新世(こうしんせい)最終末の急激な気温の上昇に乗じて、遊動生活から土器をもつ縄紋時代の定住生活へと舵(かじ)を切りはじめた。
本書では、上に素描したことを最新の考古学データを駆使して検証・説明している。
●安斎 正人(あんざい まさひと)
1945年、旧満州生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得退学。元東北芸術工科大学東北文化研究センター教授。縄紋文化の変化と気候変動との関連を考えてきた。