『奈良女子高等師範学校とアジアの留学生』

奈良女子大学アジア・ジェンダー文化学研究センター編


定 価: 本体4,500円+税(税込4,860円)
発売日: 2016年4月8日
判型/頁: A5判 並製 432頁
ISBN: 9784906822836

明治・大正・昭和戦前期におけるアジアからの女子留学生たちの実態に迫る!

◉中華民国、朝鮮、満州(中国東北部)、台湾からの女子留学生たち。
◉彼女たちの学業と暮らしとは。
◉彼女たちの修学旅行の実態。
◉彼女たちの恋愛感覚や政治活動も詳述。
◉留学生たちを受け入れた師範学校の思い。
◉戦前の資料や写真が満載。


◉第1章 留学生の在籍概況
◉第2章 留学生の進路
◉第3章 留学生受け入れ政策と制度の変遷
◉第4章 国・地域別にみた留学生
◉第5章 留学生の修学旅行
◉第6章 留学生の生活
◉第7章 留学生とナショナリズム
◉第8章 元留学生ヒアリング調査摘録 [留学生関連年表付き]

『奈良女子高等師範学校とアジアの留学生』を編纂して

野村鮎子

 この書を成すうえで基礎となったのは、奈良女子大学〈校史関係史料〉である。これには、本の編纂中もその後も何度もお世話になっている。

<留学生のお孫さん>

 昨年五月、上海在住の中国人女性から大学あてに一通のメールが届いた。亡くなった祖母謝光珍は戦前、奈良に留学しており、自分は近々日本に行くので貴学を訪問したい、祖母に関する資料があれば閲覧したいとのこと。
 謝光珍女史は江西省南昌市の出身で、一九三〇年、奈良女高師の特設予科に入学し、翌年、本科に進んだ。病気で二年休学し、三七年三月に文科を卒業している。休学期間は、日中の対立が激化していた時期で、多くの留学生が帰国し、そのまま日本に戻らなかった。謝光珍女史は帰校して卒業を果たした数少ない留学生の一人である。

「八十年前の祖母がここに…」

 お孫さんの口から語られた謝女史の生涯は、想像を絶する壮絶なものだった。帰国後、国民政府教育庁に勤める男性と結婚し、一男一女をもうけたが、一九五七年、夫は反右派闘争の中、反革命分子として投獄され、彼女はそのショックで精神を病み、教職を辞した。夫は五年後に釈放されたが、六六年に文革が始まると、再び始まった迫害に堪えられず、自宅で首を括った。第一発見者は謝女史であったという。夫の名誉回復は七九年、謝女史はそれを見ることなく七五年に没した。
 謝女史の卒業旅行の作文が〈史料〉の中に残っていた。原稿用紙の一マス一マスに鉛筆書きの字が丁寧に嵌めこまれている。几帳面な人柄であったことが知られる。
お孫さんは静かに涙を流し、「八十年前の祖母がここにいます、母校で大切に保管してくれていたことに感激し、感謝しています」と語った。

<守り続ける力>

 〈史料〉中の留学生住所録によれば、謝女史の下宿先は、奈良市西新在家町◯番、◯◯◯◯宅。大学近辺の地名である。戦前は生徒は全員寄宿寮入舎が原則だったが、謝女史の在学中は寮が不足したこともあり、一年間の寮生活を終えると、外での下宿が許された。
 奈良は地名も道も住民も昔のままという場合が多い。もしやと思ってたずねた家の女あるじは、「それは私の亡くなった母の名前です。夫を亡くしたので商いを畳んで下宿屋を始めたそうです。まあ、はるばる訪ねてくれるやなんて、母が生きてたらどない喜ぶやろ」と、突然来た私たちを家に招じ入れ、お薄(うす)でもてなしてくださった。
 八十年前の留学生が暮らしたその同じ場所にゆかりのある人が住み続けている!目まぐるしく変化する近代都市上海から来た者にとっては奇跡であり、彼女が感激したのはいうまでもない。
古都奈良には守り続けるという力がある。
 本学が奈良という地で育まれてきたことに感謝したい。

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