『仏像─祈りと風景』

長岡 龍作


定 価: 3,080円
発売日: 2014年2月27日
判型/頁: 四六判 上製 320頁(カラー口絵8ページ)
ISBN: 9784906822621

仏像が置かれた「祈りの場」はどんな場所だったのか?東大寺・石山寺・平等院のほか東北の仏像まで詳述。

「極楽浄土」と「山水」から読み解く長岡美術史の決定版

◉序章 祈りと風景
◉第1章 東大寺の観音像
◉第2章 霊験観音の寺
◉第3章 庭園と仏像
◉第4章 救済の場としての平等院鳳凰堂
◉第5章 平泉─祈りの風景
◉第6章 みちのくの観音像

<他界と仏像>

 一九九四年に発表した「神護寺薬師如来像の位相──平安時代初期の山と薬師──」(『美術研究』三五九号)という論文で仏像と空間の関係に着目して以来、仏像を空間のなかに置いて考えるという方法論を意識するようになった。
 しかしこのときは、外から来る脅威を仏像が防ぐというような関心から、この問題を考えていた。仏像の意義を、まだ現世におけるものに留めていたのである。
 その後、仏像とは仏教的な他界との媒介者である、とはっきり意識するようになった。
 仏教的な意味での他界とは、単なる向こう側の世界ではない。時間も方角も超越した仏の世界である。そのような仏の世界とどのように繋がるかを人びとは考えてきた。
 他界との関係の結び方は、地域や時代に応じて変容している。
 仏像を考える際には、そのような他界観を正しく踏まえる必要があると自覚しはじめた。
 風景は、そのことを考える大事な手がかりである。人は、他界を風景の中に意識してきたからである。
 仏像と他界観の問題は、こうして仏像と風景の問題へと置き換えられた。仏像を風景の中において考えることが、現世を超越した仏の世界との関係を考えることになったのである。
『仏像─祈りと風景』は、このような問題意識から書かれた試論である。そこには大きく二つの関心がある。
 ひとつは他界のありようを問うことであり、もうひとつは現世の風景を人びとはどのように意識し形作ったのかということである。
 前者については、蓮華蔵世界、補陀落山、極楽浄土を素材にし、後者については、山と庭園を取り上げた。仏像はこの二つの関心をつないでいる。

<救済を願う>

 二〇一一年三月一一日の地震から二週間ほど経って、息子と二人で若林区の荒浜まで行った。荒浜は、仙台市民にいちばん身近な海水浴場であり、息子にとっても幼いころに行った思い出の場所だ。
 震災後しばらくはガソリンが手に入らなかったから、自転車を使った。自宅から一五キロの距離である。市内を横断して東進し、4号バイパスを過ぎて、荒浜までの一本道に入る。自衛隊の車両とボランティアを乗せたバスが追い越していった。
 東部道路のガードをくぐったとき風景が一変した。
 交通が規制されていたので、少し遠回りして海岸の方へ行った。あの親しい風景がもうどこにもないことを、このとき初めて思い知った。
 今、荒浜には、一体の観音像が海を背にして立っている。今年の三月一一日に建立された像である。碑には、震災で亡くなったすべての人びとの慰霊のために、とある。
 この像を見たとき、仏像は今日でも他界との媒介者であり、風景の中の祈りとともにあると知ることができた。救済を願う人の心は、かつても今も変わらない。
本書を通してそのことが少しでも伝われば幸いだと思っている。

●長岡 龍作(ながおか・りゅうさく)

東北大学教授。1960年、青森県生まれ。専門は、日本美術史(彫刻)。主な著書に『仏像―飛鳥・白鳳・天平の祈りと美』(中公新書)ほかがある。

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