『日本思想史の射程』
末木 文美士
自然災害、原発事故、 温暖化、社会の老齢化…。 さまざまな問題を抱える 今日だからこそ、 豊富な先人の知恵を いまいちど学び直したい。
◉方法: 思想/思想史/思想史学
◉論理: 日本仏教における論理の変容
◉世界: 日本の世界像
◉自然: 宗教と自然
◉災害: 日本人の災害観
◉人間: 身心観の展開
◉文化: 儀礼と創造
◉国土: 平泉の理想
◉歴史: 神話/歴史/天皇
<思想史の見方>
拙著『日本思想史の射程』がいよいよ刊行されることになった。
私は従来仏教史という枠の中で研究を進めていたので、あえてその枠を外して「思想史」を表に出すのは、いささか冒険的な試みである。基本的には中世仏教をベースとしながら、そこから近世、さらには近代へと触手を伸ばしたが、とりわけ近世に関しては、一端にしか触れられず、まだ付け焼刃の感が強い。それを深めるのはこれからの課題である。従来、思想史というと近世儒教が中心であったから、中世仏教から出発することで、近世に関しても多少新しい見方ができるのではないかというのが、いささか身勝手な言い訳である。
思想史というのは非常にマイナーな領域で、本書も「私の最新講義」シリーズのどの分類に入れるかで、いささか頭を悩ませた。時代を超えて論じたので、時代史の枠にも入りにくいし、文化史は美術史的なビジュアルなものが中心というので、結局、便宜的に中世史に組み込んだが、必ずしも落ち着きはよくない。読者の側も、思想史というと何か難しそうに思って、敬遠しがちである。その魅力を多少なりとも伝えられればと願っている。
<思想史の現代的視点を>
もともと家永三郎や尾藤正英のように、歴史畑からも思想史に踏み込んだ研究者がいたが、近年は研究分野の専門化が進むなかで、日本史の側から思想史に進む研究者が少なくなった。
かつては唯物史観の上部・下部構造論に典型的に見られたように、思想史を社会経済史と相関させて、イデオロギー論の立場から見ることができた。
しかし、今日ではそれほど単純に下部構造から説明できないことは自明となっている。それゆえ、それ自体として構造や展開を研究しなければならず、独立した研究が必要となっている。
現在、専門家を養成できる講座が東北大学にあるが、分野の重要性に鑑みて、それだけでは十分ではない。私が東京大学に在職していたとき、国際的な観点で日本学を再編し、そこに思想宗教史を一分野として立てる案が出されたことがあった。私はかなり強力にその案を進めようとしたが、結局十分な理解が得られず、立ち消えとなり、いまだに悔いが残る。
海外から日本研究を志してやってくる留学生は、語学・文学・歴史だけではなく、宗教・思想に関心をもつ学生が非常に多い。
ところが、彼らを受け入れられる機関が少ないため、あちこちの大学の関係がありそうな分野でばらばらに受け入れているのが、現状である。
クールジャパンもいいが、文化の根底をつくるのは思想であり、宗教である。せめてその認識がもう少し広く共有されるようになってくれれば、というのがいまの私の切実な願いである。
●末木 文美士(すえき・ふみひこ)
1949年、甲府市生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。文学博士。東京大学名誉教授。専門は日本思想史。著書に、『親鸞』(ミネルヴァ書房)など。