『江戸・明治の古地図からみた町と村』
ーー「開国」に問う
小池 喜明
古地図を読み解くことで、町や村の歴史や土地の記憶を、より詳細に知ることができる!
◉町や村の歴史と古地図
◉大縮尺図の表現
◉近世の都市図
◉刊行都市図の特性―京・江戸・大坂
◉近世の村図―河内国の村々
◉明治の古地図―近江国犬上郡とその周辺
◉大縮尺の古地図と研究
◉古地図と災害
<古地図を読む楽しみ>
古地図は何を表現し、何を伝えたかったのか、と多くの読者が感じると思われる。
古地図はそもそも、どこから読んでいったらよいのかさえ分からない。この点では現代地図でもそうである。文章であれば、上から下とか、右から左とかと定まっているが、古地図の場合、立体的な山や施設の表現、記入された地名などでも、必ずしも一定方向に書かれているわけではない。
紙をたくさん貼り継いで描いた、近世の大きな国絵図などでは、畳の部屋に広げて周りから見やすいように、奥の中央部を上に、周囲の外側を下にして表現されている場合さえある。
<空間表現としての役割>
しかも古地図の多くは、表現のための記号化が不十分である。したがって、何を表現しているのかさえも不明の場合がある。しかも、作製の意図にしたがって必要と思われたことは描かれているが、そうとは思われなかったことはまったく無視されていることが多い。
表現されている内容についても、現代の地図のような意味での縮尺の一定性がないのが普通である。あるものが大きく描かれ、あるものはそれと同じような大きさであっても表現の対象にさえなっていない、という状況は珍しくない。
これに、古地図そのものの大きさがさまざまであることが加わって、その保存・整理や、取り扱いもまたきわめて煩雑である。
にもかかわらず古地図は、空間を表現するためにきわめて有効である。どこかへ行くための道を尋ねた折に、口頭の説明や、文章でメモをもらったりするよりは、簡単な走り書きの地図を描いてもらうほうがわかりやすいことが多い。
<古地図の表現への接近>
とすれば古地図からは、文章では表現しえない空間的な形状や、位置・配置の様相、そしてそれらの作製者による認識の状況がうかがえることになる。それこそが古地図の機能であり、古地図を読むことの醍醐味である。
世界図とか日本図は、現代人の事実認識の共通性が高いために、古地図の表現の特徴がわかりやすい。ところが都市や村落の場合、その膨大な数と個々の多様性のため、古地図を読み取るための手がかりを見つけ出すことがむずかしい。
とりわけ人びとの生活に密着した小さな町や村は、それぞれの自然的、歴史的環境が多様で、しかも個性的であるがゆえに、表現された状況もさまざまとなる。
ところが、いったん古地図の表現の方法や意図を知ることができれば、古地図から知られる情報は格段に増加し、また一段と興味が深まる。
『町と村の古地図』はそのためのひとつの手引きであり、古地図なくして伝わり得ない、各種の古地図の表現内容への接近のための、古地図の理解の基礎となることを目指した。
古地図を読む楽しみを獲得するための一歩となれば幸いである。
●金田 章裕(きんだ・あきひろ)
1946年、富山県生まれ。京都大学文学部卒業、同大学院修了、文学博士。京都大学名誉教授。現在、京都府立京都学・歴彩館館長。主著書に、『条里と村落の歴史地理学研究』『古代日本の景観』『古代・中世遺跡と歴史地理学』『文化的景観』『古地図で見る京都』などがある。