『幕末の武士道』

ーー「開国」に問う

小池 喜明


定 価: 2,640円
発売日: 2015年04月10日
判型/頁: 四六判 上製 320頁
ISBN: 9784906822157

ペリー来航 ―開国か攘夷か?揺れる武士たちの本音を 「上書」から読み解く!

◉はじめに
◉ペリー来航と大統領国書
◉幕末武家の状況
◉ペリー刺殺計画―松陰と斉昭
◉ 江戸湾警備問題と朝幕関係
◉ 諸大名の意見―攘夷と開国
◉群臣「上書」
◉諸氏「上書」、意見書
◉おわりに

<開国問題から武士道を検証する>

 武士道と西洋は、この国にあっては表裏の関係で有機的に相即している。あたかもヤジロベーのように、一方が下がれば一方があがる。「排外(攘夷)」と「拝外」の継起すること、糾(あざな)える縄の如し。この輪舞と狂騒曲が、近現代日本お馴染みの風景となった。 では、かつての武士たちが西洋に対したときはどうだったのか。日ごろこんな妄想にとらわれていた私にとって、ペリー持参のアメリカ国書への対応を諮(はか)った。
 では、かつての武士たちが西洋に対したときはどうだったのか。日ごろこんな妄想にとらわれていた私にとって、ペリー持参のアメリカ国書への対応を諮(はか)った、徳川公儀に提出された大名・旗本御家人たちの「上書」はまことに興味深かった。
 八百通を超えたといわれるそれらのうちには、彼らの詩と真実が歴然としていた。パンドラの箱の中には、「夷狄(い てき)」どころか今にも西洋視察にとびだしそうな好奇心旺盛な青年大名たちもいた。流れ寄る椰子の実に託す思いは、近代日本の独占物ではなかったらしい。
 かれらの「上書」には、表と裏、ホンネとタテマエが潜んでいると直観された。
 もっともそれが攘夷の親玉・徳川斉昭(なり あき)や開国派の頭目・井伊直弼(なお すけ)のうちにまで見いだされようとは想像もしていなかった。

<二人のスピーチライター>

 斉昭と直弼には、じつに優秀なスピーチライターが控えていた。
直弼は儒臣中川禄郎(ろくろう)の意見書を見るにおよんで、前回提出した自身の「上書」を弊履のごとく廃棄し、中川論丸写しの出色の開国論を自筆して提出した。
 いっぽうの斉昭は、おそらく全「上書」中最優秀というべき家臣の国学者鶴峯戊申(しげ のぶ)の上申書を完全に無視した。思うに、側近連の猿知恵で斉昭の目に触れ得なかったものと考えられる。斉昭は心情的に開国に傾いていたから、これは歴史の大きな分岐点だった。
 私自身としては、鶴峯の論に接したことにより、あの頑迷な斉昭の夷狄観の所以の一端を垣間見た思いがした。
 かれは端的にキリスト教的直接民主制―鶴峯が説く「入札(いれふだ)」による大統領選挙―を恐れていた。封建領主として非凡な政治感覚といってよい。
 この恐怖の予感を直弼に打ち明けていれば、直弼からの中川直伝の論によりその夷狄観はかなり修正されて現実的となっていたはずだが、不幸にしてこの二人は犬猿の仲だった。それも金銭がらみ。

<ほんとうの武士道とは>

 その斉昭が開国派を断ずるに武士道の語を以てする。だがこの武士道は彼の主観にすぎない。「ほんとうの武士道」など存在しないのである。宮本武蔵や『葉隠(はがくれ)』など個別的に存在するだけである。開国問題に即してそれらを一覧的に検証した試みが、近日上梓予定の拙著『幕末の武士道―「開国」に問う』である。
 当時のお武家様方は、「止めて止まらぬものは男女の仲と異国交易」という市井の声と武士道の折り合いをどうつけたのだろうか。

●小池喜明(こいけ・よしあき)

1939年、東京・浅草生まれ。東京大学大学院修士課程終了。横浜国立大学講師、昭和大学助教授を経て、東洋大学教授、東洋大学名誉教授。 専門は日本思想史。『葉隠―武士と「奉公」』(講談社)、『武士と開国』(ぺりかん社)など著書多数。

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